筆者は、MLBを深く知るうえで、打率や防御率と同じくらい重要なのが「サービスタイム」だと考えています。試合中には表示されず、選手名鑑を眺めているだけでも気づきにくい制度ですが、実は選手の年俸、フリーエージェント、さらには昇格時期まで左右する「見えない時計」なのです。
サービスタイムを知ると、若手有望株の昇格時期や球団の補強戦略が、これまでとは違って見えてきます。
サービスタイムはメジャー在籍日数の記録
サービスタイムとは、簡単にいえば、選手がメジャーリーガーとして登録されていた日数です。
選手が26人のアクティブロースター、またはメジャーの負傷者リストに入っていると、原則として1日につき1日のサービスタイムが加算されます。一方、40人枠に入っていてもマイナーに所属している期間は、通常はメジャーのサービスタイムに含まれません。
- 26人のアクティブロースターに登録:原則として加算されます
- メジャーの負傷者リストに登録:原則として加算されます
- 40人枠に入ったままマイナーに所属:通常は加算されません
- 試合に出場せずベンチ入りのみ:メジャー登録中なら加算されます
ここで初心者が間違えやすいのが、試合出場数とは別物だという点です。
例えば、控え選手としてベンチに入り、1度も試合に出なかったとしても、その日はサービスタイムとして数えられます。反対に、マイナーで毎日試合に出場していても、メジャーの登録枠に入っていなければ基本的には加算されません。
つまり、「何試合に出たか」ではなく、「何日メジャーに登録されていたか」が重要なのです。
172日で「1年」と認められる
MLBのレギュラーシーズン期間は187日ありますが、サービスタイムでは172日に達すると「1年」と認定されます。187日すべて登録されていても、記録されるのは1年であり、余った15日を翌年へ持ち越すことはできません。
| 登録された日数 | サービスタイム上の扱い |
|---|---|
| 172日以上 | 1年として認定 |
| 171日以下 | 1年未満として記録 |
| 187日すべて登録 | 1年として記録。余った日数の持ち越しはなし |
この「172日」という数字が、若手有望株の昇格時期をめぐる話題で頻繁に登場します。
極端にいえば、開幕から一定期間だけマイナーに置かれた選手は、その後ずっとメジャーに在籍しても172日に届かない可能性があります。その場合、そのシーズンは「1年未満」として記録されます。
たった数週間の違いに見えるかもしれません。しかし、その数週間によって、選手がフリーエージェントになる時期が1年遅れる可能性があります。球団にとってはスター候補を長く保有できる一方、選手にとっては大型契約を結ぶ機会が先送りされるため、非常に大きな問題です。
年俸調停は原則3年、FAは6年
サービスタイムが重要なのは、選手の契約上の権利と直結しているからです。
| サービスタイム | 選手の主な立場 |
|---|---|
| 原則3年未満 | 球団側が定める年俸で契約 |
| 原則3年以上6年未満 | 年俸調停の資格を取得 |
| 6年以上 | シーズン終了後にFA資格を取得 |
一般的に、サービスタイムが3年未満の選手は、球団側が定める年俸で契約する立場にあります。ただし、もちろんMLBの最低年俸を下回ることはできません。
3年以上6年未満になると、原則として年俸調停の資格を得ます。年俸調停では、選手と球団がそれぞれ希望額を提示し、合意できなければ第三者の調停人がどちらか一方の金額を選びます。好成績を残した選手の年俸が大幅に上昇しやすくなるのは、この段階です。
さらに、6年に達すると、シーズン終了後にフリーエージェントとなる資格を得ます。所属球団との契約に縛られず、他球団とも自由に交渉できるため、選手は初めて本格的な市場価値を試せます。
サービスタイムは、単なる在籍記録ではありません。選手が「球団に年俸を決められる側」から、「自分の価値を交渉できる側」へ進むための時計なのです。
3年未満でも年俸調停に進める「スーパー2」
例外として知っておきたいのが、「スーパー2」と呼ばれる制度です。
サービスタイムが2年以上3年未満の選手でも、一定の条件を満たせば通常より1年早く年俸調停の資格を得られます。対象となるのは、前年に86日以上のサービスタイムを記録し、同じ条件に該当する選手の中でサービスタイムが上位22%に入った選手です。
- サービスタイムが2年以上3年未満であること
- 前年に86日以上のサービスタイムを記録していること
- 対象選手の中でサービスタイムが上位22%に入ること
スーパー2に該当すると、フリーエージェントになる時期が早まるわけではありません。しかし、通常は3回ほどとなる年俸調停の機会が、4回になる可能性があります。
若手選手にとっては、生涯年収を大きく左右しかねない制度です。そのため球団が有望株を昇格させる際には、「1年分を確保できるか」だけでなく、「将来スーパー2になる可能性があるか」まで計算しているといわれます。
負傷者リストでも時計は進む
サービスタイムは試合に出た日数ではないため、メジャーの負傷者リストに入っている期間も原則として加算されます。
例えば、開幕からメジャーの26人枠に入り、その後に故障して長期間離脱したとしても、メジャーの負傷者リストに登録されていれば時計は止まりません。選手が故障中だからといって、球団が自由にマイナーへ降格させ、サービスタイムの加算を止められるわけではないのです。
この仕組みは、けがをした選手の権利と待遇を守る意味でも重要です。
なぜ「サービスタイム操作」が問題になるのか
球団が若手有望株の実力を認めながら、サービスタイムを理由に昇格を遅らせる行為は、一般に「サービスタイム操作」と呼ばれます。
もちろん、球団は「守備力を磨く必要がある」「マイナーで打席経験を積ませたい」など、育成上の理由を説明できます。実際に昇格の判断には、実力だけでなく、出場機会やチーム編成も関係します。
ところが、開幕時にはマイナーだった超有望株が、サービスタイム1年分を獲得できなくなる時期を過ぎた直後に昇格すると、「本当に育成目的だったのか」と疑問を持たれます。
球団にとっては合理的な戦略でも、選手から見れば、好条件の契約を結べる時期を意図的に遅らされたように映ります。この球団と選手の利害の衝突が、サービスタイム問題の中心にあります。
有望株の早期昇格を促す新制度
2022年に成立した労使協定では、球団が有望株を早い段階で昇格させるよう促す「プロスペクト・プロモーション・インセンティブ」が導入されました。
対象となる有望選手が新人として1年分のサービスタイムを獲得し、新人王を受賞するか、年俸調停資格を得る前に最優秀選手賞またはサイ・ヤング賞の投票で3位以内に入ると、球団はドラフト指名権を得られる場合があります。
- 対象となる有望選手を早い時期からメジャーで起用する
- 選手が新人として1年分のサービスタイムを獲得する
- 新人王など、定められた条件を満たす
- 球団が追加のドラフト指名権を得られる場合がある
これまで球団には、「早く昇格させると保有できる期間が短くなる」という事情がありました。そこで、早期昇格によって球団側にも利益が生まれる仕組みを整えたのです。
完全に問題が解消されたわけではありませんが、若手選手を必要以上にマイナーへ置き続ける状況を減らすための一歩といえます。
見えない時計を知ればMLBがもっと面白くなる
サービスタイムを理解すると、次のような疑問がつながってきます。
- なぜこの有望株は開幕メンバーに入らなかったのか
- なぜシーズン途中のこの時期に突然昇格したのか
- なぜ球団は若手選手に長期契約を提示したのか
- なぜ成績を残した選手の年俸が急激に上昇したのか
さらに、サービスタイムが10年以上あり、直近5年間を同じ球団で過ごした選手には、トレードを拒否できる「10アンド5権」が認められます。サービスタイムは若手の年俸だけでなく、ベテランの移籍にも影響するのです。
サービスタイムという見えない時計は、選手の年俸、昇格、FA、そして移籍まで左右します。
筆者は、この制度には球団経営の戦略性を高める面がある一方、選手の才能が最も輝く時間を制度上の都合で奪ってはならないと考えています。ファンが見たいのは、計算によってマイナーに置かれるスター候補ではなく、最高の選手が最高峰の舞台で勝負する姿です。
サービスタイムという見えない時計に注目すると、MLBは単なる野球の試合ではなく、選手と球団が未来を懸けて駆け引きする壮大な物語として見えてきます。
参考資料
※制度や運用ルールは変更される場合があります。最新情報はMLB公式サイトをご確認ください。
