「40歳までの超長期契約を結んで、球団は本当に採算が取れるのでしょうか」
選手が年齢とともに衰えていくことは、球団も十分に分かっています。それにもかかわらず、メジャーリーグでは15年や14年といった、現役生活の大半を保証するような契約が結ばれています。
私は、メジャーリーグの超長期契約は、「40歳になっても全盛期と同じ成績を残してもらう契約」ではないと考えています。
実際には、選手が最も輝く数年間を確実に手に入れるために、成績が落ちる可能性が高い契約後半までまとめて引き受ける契約です。
もちろん、高額な年俸を長期間支払う以上、球団にとって大きな危険を伴います。しかし、スター選手は試合での活躍だけでなく、観客動員、関連商品の売り上げ、スポンサー、球団の知名度向上など、さまざまな形で利益を生み出します。
そう考えると、一見すると無謀に見える15年契約や14年契約も、単なる大金のばらまきではありません。将来の衰えを覚悟したうえで、選手の最も価値ある全盛期を手に入れようとする、球団の大きな勝負なのです。
それでは、球団はどのような計算で超長期契約を結び、どこで利益を得ようとしているのでしょうか。フアン・ソトとブラディミール・ゲレーロ・ジュニアの契約を例に、その理由を分かりやすく解説します。
40歳まで全盛期とは、球団も考えていない
フアン・ソトは2024年12月、ニューヨーク・メッツと15年総額7億6500万ドル、日本円で約1147億5000万円の契約を結びました。
契約期間は2025年から2039年までで、契約が終了するときには40歳になっています。
一方、ブラディミール・ゲレーロ・ジュニアも2025年4月、トロント・ブルージェイズと2026年から2039年までの14年総額5億ドル、日本円で約750億円の契約延長に合意しました。こちらも契約最終年には40歳を迎えます。
| 選手 | 契約年数 | 契約総額 | 日本円換算 | 終了時の年齢 |
|---|---|---|---|---|
| フアン・ソト | 15年 | 7億6500万ドル | 約1147億5000万円 | 40歳 |
| ブラディミール・ゲレーロ・ジュニア | 14年 | 5億ドル | 約750億円 | 40歳 |
※日本円は1ドル=150円で換算しています。
野球に詳しくない人でも、「40歳まで今と同じように打てるのだろうか」と疑問に思うでしょう。その感覚は間違っていません。
一般的な打者は20代後半に全盛期を迎え、その後は徐々に成績が低下する傾向があります。もちろん個人差は大きいものの、走力、反応速度、守備範囲などは年齢の影響を受けやすく、30代後半になると衰えが急になる選手も少なくありません。
つまり球団も、ソトやゲレーロ・ジュニアが40歳まで現在と同じ成績を残すとは考えていないはずです。
それでも、なぜ球団はこれほど長い契約を結ぶのでしょうか。
理由①「おいしい全盛期」だけを買うことはできない
最大の理由は、スター選手との契約交渉では、球団側が欲しい年数だけを自由に選べないからです。
たとえば球団が、「26歳から31歳までの6年間だけ契約してください」と提案したとします。しかし、選手にとってこの条件はあまり魅力的ではありません。
契約が終了する時点で30代に入っているため、その後にもう一度、大型契約を獲得することが難しくなるからです。大きなけがをしたり、成績が低下したりすれば、次の契約自体が見つからない可能性もあります。
一方、15年契約なら、選手は現役生活のほぼすべてを保証してもらえます。けがや成績低下の不安があっても将来の年俸が保証されるため、選手側は長い契約を希望します。
そして、ほかの球団も同じ選手の獲得を狙っている以上、「全盛期の5年間だけ欲しい」という球団側に都合のよい契約は通用しません。
残りの10年間まで引き受ける覚悟を見せた球団が、最も価値の高い5年間を手に入れられるのです。
高級レストランでメイン料理だけを注文したいのに、「このコースでなければ提供できません」と言われるようなものです。デザートまで食べ切れるか心配でも、メイン料理がどうしても欲しければ、コース全体を注文するしかありません。
理由② 契約は「毎年同じ価値」を求めるものではない
超長期契約は、1年ごとに年俸と成績を比べると理解しにくくなります。
球団が見ているのは、15年間全体でどれだけの価値を得られるかです。
契約前半にリーグ最優秀選手級の活躍をし、ワールドシリーズ制覇に貢献すれば、契約後半に成績が落ちたとしても、契約全体では成功と評価される可能性があります。
- 契約前半:全盛期の活躍で年俸以上の価値を生み出す
- 契約中盤:主力選手として優勝争いを支える
- 契約後半:成績が落ちても、前半につくった価値で補う
たとえば最初の7年間で年俸以上の働きをし、最後の5年間で年俸以下の成績になったとしても、前半につくった「貯金」で後半の損失を補えるという考え方です。
特にポストシーズンは短期決戦です。たった一本の本塁打や一度の四球が、球団の歴史を変えることもあります。
優勝できる可能性が高い時期にスーパースターを確保する価値は、単純な年間成績だけでは測れません。ワールドシリーズ制覇を一度でも実現できれば、多少の衰えには目をつぶれるほど、球団とファンに大きなものを残せるのです。
理由③ 若くして大型契約に値する選手は非常に珍しい
ソトもゲレーロ・ジュニアも、大型契約を決めた時点で26歳でした。一般的な大型契約の対象選手より若く、契約前半に全盛期が長く残っている点が重要です。
同じ15年契約でも、30歳の選手と26歳の選手では意味がまるで違います。
26歳からの契約であれば、20代後半から30代前半という、最も大きな活躍を期待できる時期を丸ごと押さえられます。仮に30代後半で大きく衰えたとしても、それまでに何年間も一流の成績を残してくれれば、球団には十分な見返りがあります。
さらに両者は投手ではなく打者です。
投手には、肩や肘の大けがによって突然投げられなくなる危険があります。一方、優れた打者は、走力や守備力が低下しても、一塁手や指名打者に回ることで打撃を生かせる場合があります。
特に選球眼や打球の強さを備えた打者は、走力や守備力だけに頼る選手より、年齢を重ねても価値を残せる可能性があります。
もちろん、これは「衰えない」という意味ではありません。衰えた後も、打撃によって一定の価値を残せる可能性が比較的高いということです。
理由④ 年俸の価値は将来も同じとは限らない
現在は驚くほど高額に見える年俸でも、10年後には相対的な負担が小さくなっている可能性があります。
たとえば、メジャーリーグの競争力均衡税、いわゆる「ぜいたく税」の基準額は、2022年の2億3000万ドル、日本円で約345億円から、2026年には2億4400万ドル、日本円で約366億円まで上昇しました。
選手の年俸や球団収入が今後も増えていけば、現在の年間4000万ドル、日本円で約60億円と、10年後の年間4000万ドルでは、球団にとっての負担感が変わります。
一般企業で考えれば、現在の給料水準だけを基準に、10年後や20年後の金額を判断できないのと同じです。
将来、スター選手の平均年俸がさらに上昇すれば、契約当初は「高すぎる」と言われた契約が、数年後には意外に割安に見えることもあります。
また、契約期間を長く設定することで、契約総額が非常に大きくても、ぜいたく税を計算する際の平均年俸を一定の範囲に抑えられる場合があります。
球団にとって契約年数は、選手を長く拘束するためだけではなく、毎年の負担を考えながら戦力を整えるための手段でもあるのです。
理由⑤ スターは成績以外でも収益を生む
スーパースターが球団にもたらすものは、安打や本塁打だけではありません。
- 観客動員とチケット収入
- ユニホームなどの関連商品の売り上げ
- スポンサーからの注目
- テレビや配信サービスの視聴者増加
- 国内外における球団の知名度向上
- ほかの有力選手を呼び込む効果
大物選手を獲得することによって、「この球団は本気で優勝を狙っている」というメッセージも発信できます。そのメッセージは、ファンだけでなく、ほかの選手にも届きます。
「あの球団なら優勝を狙える」と思ってもらえれば、別の有力選手を獲得しやすくなるかもしれません。スター選手の存在が、次のスター選手を呼び込むこともあるのです。
ゲレーロ・ジュニアは16歳からブルージェイズの組織に所属しており、球団は今回の契約を、球団史に残る重要な出来事と位置づけました。
これは単なる一塁手との契約ではありません。
「カナダを代表する球団の顔」を長期間残す決断であり、ファンに対して「これからもゲレーロ・ジュニアを中心に戦う」と約束する契約でもあります。
スター選手の流出は、戦力低下だけでなく、ファンの失望や球団ブランドの低下にもつながります。その損失まで考えれば、契約金額だけを見て高い、安いと判断することはできません。
もちろん、失敗する危険は大きい
超長期契約が合理的だからといって、安全なわけではありません。
- 大けがによって長期間出場できなくなる
- 予想より早く打撃成績が低下する
- 走力や守備力が大きく落ちる
- 高額年俸が補強の妨げになる
- 若手選手を起用する場所がなくなる
- 契約が球団経営を長期間圧迫する
メジャーリーグの保証契約では、基本的に選手の成績が低下しても、球団は契約した金額を支払わなければなりません。試合に出られない状態になったとしても、簡単に契約を打ち切れるわけではないのです。
しかも、ぜいたく税の計算では、原則として契約総額を契約年数で割った平均年俸が使用されます。高額契約を抱えれば、ほかの選手を補強する余裕も圧迫されます。
だからこそ、超長期契約は「絶対に得をする投資」ではありません。
成功すれば球団の歴史を変えますが、失敗すれば10年以上にわたってチーム編成を苦しめる可能性があります。超長期契約とは、球団の未来そのものを懸けた、極めて大きな勝負なのです。
まとめ
私は、ソトやゲレーロ・ジュニアへの超長期契約は、未来を正確に予測した結果ではなく、予測できない未来を承知したうえで、最も価値の高い現在を買う決断だと思います。
メッツは、40歳のソトが欲しいから15年契約を結んだわけではありません。26歳から30代前半までのソトを、ほかの球団に渡したくなかったのです。
ブルージェイズも、40歳になったゲレーロ・ジュニアに全盛期と同じ成績を求めているのではありません。球団の顔として最も輝く時期を、確実に自分たちのものにしたかったのでしょう。
超長期契約とは、未来の衰えを無視する行為ではありません。
むしろ衰える可能性を十分に理解したうえで、「それでも今、この選手を逃す損失のほうが大きい」と判断することです。
スター選手の全盛期は、お金があっても後から買い戻すことはできません。
だから球団は、契約終盤に重い荷物を背負うと分かっていても、優勝という一度しか訪れないかもしれない瞬間に賭けるのです。
※記事内の日本円は、すべて1ドル=150円で換算しています。為替相場によって実際の日本円換算額は変動します。
