【DHとは?】MLBで指名打者制が生まれた歴史と理由|1973年の実験から日本球界の最新動向まで解説

DHとは「Designated Hitter」の略で、日本語では「指名打者」と呼ばれます。簡単にいえば、投手の代わりに打席に立つ、打撃専門の選手です。投手と打者の仕事を2人で分担する制度です。

DHとは「Designated Hitter」の略で、日本語では「指名打者」と呼ばれます。簡単にいえば、投手の代わりに打席に立つ、打撃専門の選手です。投手と打者の仕事を2人で分担する制度で、大谷翔平選手が「打者」として豪快なホームランを量産し、世界中を魅了しているポジションとしてもおなじみです。

※ただし、DHは好きな守備選手の代わりに使えるわけではありません。原則として代わることができるのは投手だけです。また、試合開始前にDHを使うか決めなければならず、途中から突然DHを加えることはできません。DHが守備に就いた場合などにはDHの権利が消滅し、以後は投手が打順に入ることもあります。

なぜDH制度が必要になったのか

DH制度が生まれた大きな理由は、低下していた得点力を回復させ、試合を面白くすることでした。

投手は毎日のように打撃練習をする野手とは違い、投球練習や体のケアに多くの時間を使います。当然、打撃を苦手とする投手も少なくありません。投手が打席に立つと、三振や送りバントになる場面が増え、打線の流れが止まりやすくなります。

歴史的背景:1968年「投手の年」

特に1960年代後半のMLBでは投手優位の傾向が強まりました。1968年は極端な投高打低となり、「投手の年」と呼ばれました。こうした状況を背景に、より多くの安打や得点を生み出し、観客に攻撃的な野球を楽しんでもらう方法としてDH制度が注目されたのです。

実は、投手を打順から外すという考えは突然生まれたものではありません。20世紀初頭から似た構想が提案され、マイナーリーグでも実験が行われていました。しかし、「野球は9人全員が守り、9人全員が打つものだ」という伝統を重視する意見が強く、本格採用までには長い時間が必要でした。

1973年、アメリカン・リーグが歴史を変える

転機となったのは1973年です。アメリカン・リーグが、まず3年間の試験的な制度としてDH制を導入しました。

同年4月6日、ニューヨーク・ヤンキースのロン・ブロンバーグが、MLB史上初のDHとして打席に立ちました。記念すべき結果は豪快な本塁打ではなく、満塁での四球でした。派手な幕開けではありませんでしたが、この打席から野球の歴史は大きく動き始めたのです。

一方、ナショナル・リーグはDHを採用せず、投手も打席に立つ従来の野球を守りました。そのためMLBでは、同じ組織の中でありながら、「ア・リーグはDHあり」「ナ・リーグはDHなし」という状態が約半世紀も続きました。

DH論争:2つの相反する野球観

迫力ある攻撃重視(DH賛成派) 伝統と駆け引き重視(DH反対派)
・打線に切れ目が少なくなり得点力アップ
・守備に不安がある強打者の活躍枠を確保
・ベテラン選手の負担軽減と現役延命
・好投手に代打を出すか否かの緊迫した判断
・バント・代打・投手交代の高度な采配
・「9人で攻守を担う」という伝統の美学

つまりDH論争は、単なるルールの違いではありません。迫力ある攻撃を重視するのか、それとも9人で攻守を担う伝統と采配を重視するのかという、野球観そのものをめぐる争いだったのです。

2022年、ついにMLB全体がDH制へ

2020年には、新型コロナウイルス対策に伴う特例として、ナ・リーグでも一時的にDH制が使われました。そして2022年、労使協定に基づきナ・リーグも正式にDH制を採用されました。これによりMLBは、両リーグでDHを使用する「ユニバーサルDH」の時代に入りました。

注目を集めた「大谷ルール」

先発投手がDHを兼ねて出場した場合、マウンドを降りたあともDHとして打席に立ち続けられる制度です。投手と打者を分業するために生まれたDH制が、皮肉にも投打を一人でこなす二刀流選手の可能性まで広げたのです。

日本でも進む「DH化」の流れ

日本ではパシフィック・リーグが1975年からDH制を採用してきましたが、セントラル・リーグは長年、投手も打席に立つ「9人野球」を守ってきました。

2025年8月4日

セ・リーグ理事会で、2027年シーズンからのDH制導入が正式決定(2026年は編成・育成の準備期間)。

2026年度シーズン~

高校野球でもDH制を採用。試合ごとの選択式で「大谷ルール」も適用。身体的負担の軽減に加え、打撃に優れた選手への出場機会拡大に寄与。

高校、大学、プロ、国際大会へとDH制が広がる現在の流れは、野球が完全な分業化へ向かっていることを示しています。その一方で、優れた打撃力を持つ投手は、投手兼DHとして二刀流に挑戦できます。分業が進むからこそ、両方できる選手の特別さも、いっそう際立つ時代になったのです。

まとめ:球界最大級のルール革命

1973年に「試しに始めたルール」は、半世紀を経て世界の標準になりました。そして2027年には、日本のプロ野球でもセ・パ両リーグが同じDH制で戦います。

DHは投手の打席をなくすだけの制度ではありません。選手の役割、チーム編成、監督の采配、そして野球の見方まで変えてきた、球界最大級のルール革命なのです。